萩原朔太郎は、北原白秋主宰の雑誌「朱欒(ザンボア)」に詩を投稿して以来、北原白秋に師事し、大正 6 年( 1917 ) 2 月刊行の処女詩集「月に吠える」で全国に名を知られるようになりました。続いて大正 12 年( 1923 ) 1 月に「青猫」を刊行し、これが「月に吠える」と並ぶ、朔太郎の代表作とされています。
この他、「蝶を夢む」、「萩原朔太郎詩集」、それらを集成した「定本青猫」を刊行しました。これらの作品は、口語体によって書かれ、高村光太郎と共に「口語自由詩の確立者」とされています。昭和 9 年( 1933 ) 6 月に刊行された「氷島」では、漢文調の文語体に立ち帰り、寂寥と懐疑の情を訴えましたが、この作品を巡っては、評価は好不評完全に二分されています。 |
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「月に吠える」 |
大正 6 年( 1917 ) |
感情詩社・白日社 |
「青猫」 |
大正 12 年( 1923 ) |
新潮社 |
「蝶を夢む」 |
大正 12 年( 1923 ) |
新潮社 |
「純情小曲集」 |
大正 14 年( 1925 ) |
新潮社 |
「萩原朔太郎詩集」 |
昭和 3 年( 1928 ) |
第一書房 |
「氷島」 |
昭和 9 年( 1934 ) |
第一書房 |
「定本 青猫」 |
昭和 11 年( 1936 ) |
版画社 |
「宿命」 |
昭和 11 年( 1939 ) |
創元社 |
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「詩論と感想」 |
昭和 3 年( 1928 ) |
素人社書屋 |
「詩の原理」 |
昭和 3 年( 1928 ) |
第一書房 |
「純正詩論」 |
昭和 10 年( 1935 ) |
第一書房 |
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「新しき欲情」 |
大正 11 年( 1922 ) |
アルス |
「虚妄の正義」 |
昭和 4 年( 1929 ) |
第一書房 |
「絶望の逃走」 |
昭和 10 年( 1935 ) |
第一書房 |
「廊下と室房」 |
昭和 11 年( 1936 ) |
第一書房 |
「詩人の使命」 |
昭和 12 年( 1937 ) |
第一書房 |
「無からの抗争」 |
昭和 12 年( 1937 ) |
白水社 |
「日本への回帰」 |
昭和 13 年( 1938 ) |
白水社 |
「帰郷者」 |
昭和 15 年( 1940 ) |
白水社 |
「港にて」 |
昭和 15 年( 1940 ) |
白水社 |
「阿帯」 |
昭和 15 年( 1940 ) |
河出書房 |
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「恋愛名歌集」 |
昭和 6 年( 1931 ) |
第一書房 |
「郷愁の詩人与謝蕪村」 |
昭和 11 年( 1936 ) |
第一書房 |
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